2015年12月24日木曜日

クリスマスページェントの事

クリスマスイヴ。
皆さんいかがお過ごしでしょうか。

幼稚園のクリスマス礼拝・祝会はちょうど1週間前に終えることができましたが、その時、年長さんと全園児で行ったページェントについて思い起こしてみました。

 今年も年長さんたちはページェントの練習に大はりきりでした。宿屋さん、天使さん、羊飼い、博士、ヨセフさん、マリアさん、これらの役を与えられるのは年長さんだけ。聖歌隊の役だった年中さんの時、それぞれの子どもたちは歌を歌いながら「次は僕の番」と強い思いを持ったのでしょう。その思いが伝わるとても素晴らしいページェントでした。
 

 ただ、(今年は全て競合することなく決まったようですが)、この配役を巡ってはしばしば子どもたちの争いになることがあります。自分がやりたい役ができないのは、確かにつらいことかもしれません。でも、物事をさらにややこしくしてしまうことは、子どもの争いに親が加勢してしまうことです。ある園では、自分の子どもをぜひマリア役にしてほしい!と何度も頼んで先生を困らせたという話を聞いたことがあります。かわいいわが子の晴れ晴れとした姿を願うことは決して悪いことではありません。でも、その思いが強過ぎて、配慮を欠く言動になったら、クリスマスを迎えることの本当の意味を見失ってしまうことにつながると思います。
 

 戦前戦後の日本で長く牧師をしていた人に松田明三郎がいます。兵庫にある関西学院大学や、三鷹市にある東京神学大学という小さな神学校の教授も務めた方です。この方は詩人でもありました。その詩の中に、自分の牧する教会の子どもたちが行ったページェントの実話を基にしたものが残されています。

「星を動かす少女」

クリスマスのページェントで日曜学校の上級生たちは
三人の博士や牧羊者の群れやマリアなど
それぞれ人の目につく役をふりあてられたが
一人の少女は 誰も見ていない舞台の背後に隠れて
星を動かす役が当たった
「お母さん 私は今夜、星を動かすの。見ていてちょうだいね」
その夜、堂に満ちた会衆は
ベツレヘムの星を動かしたのが誰であるか気づかなかったけれど
彼女の母だけは知っていた
そこに少女の喜びがあった


我が子を見つめる母親の眼差し。
どんな時でも母が私を見ていてくれるという安心感に支えられて、子どもは誰が自分を認めてくれるか、ということを気にすることもなく、いきいきと隠れたところで星を動かす。
条件付きの眼差しではなく、無条件の眼差し。

先日、このお話を聞きまして、非常に感動しました。


どのご家庭にも豊かな恵みに満ち溢れたクリスマスでありますように(ま)
 

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